2015年3月15日日曜日

テレマン part 2

そうこうしているうちに、テレマン公演の日がやってまいりました。

昨日は移動の車中で、彼が書いたブロッケスの受難オラトリオを聴いておりました。

ブロッケスというのは、当時のハンブルグ出身のドイツ詩人。

ドイツ語協会なんかを設立しちゃったりしていて、ドイツ語、そしてドイツ文学に貢献した大物詩人だったのでしょう。

昔は実はドイツ語って、今のように整った言語じゃなかったんです。

地域によっての方言みたいなものがかなりあって、ドイツ全体共通言語といった感じではなかったみたい。

まあ、神聖ローマ帝国と言われるような時代から、絶えず領土が増えたり減ったりしてたわけで、今で言うポーランドやオランダ、ベルギー、様々な国が領土だった時期もあるわけだから、とにかくラテン語、イタリア語、フランス語、オランダ語、諸々が話されているところにどーんっとドイツ!と言っているわけ。


しかも、イタリア文化、フランス文化なんかは洒落た文化とされていたから、洒落たい貴族はやたらとイタリア言葉、フランス言葉を混ぜていたらしく、

もう、訳の分からないチャンポン状態笑。

それがそもそものドイツ語だったとさ。

今のドイツ語からは想像できませんよね〜。


まあ、今の日本でも、やたらカタカナ言葉入れて話すこと、ありますよね。

(もうコンピューターなんかになると、カタカナばっかりで、Windowsにやたら聞かれる質問、全く何言ってんだかわかんなくて、とりあえず「はい」をクリックして深海にハマったこととか、ありません?私は何も聞いてこない、という理由でMacへ逃げました笑)


なので、「おい、ドイツ語、こんなことではあかん。」

っと言う文化人たちが、

『美しいドイツ語』

これに文化の花を咲かせる瞬間がバロック時代なのです。


まあ、これも、ルターが聖書をドイツ語に訳したあたりから大きく動きはじめたのではないかしら…

ドイツ語協会、というのはそういう背景があるのではないかと思います。

そんな著名なブロッケス、一つ彼の名言をご紹介しましょう。

「愚か者は、
金を持って死んで行くために
貧乏に暮らす」


うぉう、うぉう、これだけの言葉数で
これだけのメッセージ性、
やりますな、うむ。

このブロッケス、オラトリオというものを書きました。
オラトリオといえば、宗教を題材にしての抒情詩、
もっとわかりやすくいうと
劇のように情景をリアルに感じれるように
書かれた形のもの。

バロックの「生々しい表現」を象徴するような形式とも
言えるでしょうね。

彼のオラトリオは
『臨終のイエス』

日本でいう、武蔵弁慶の闘いみたいな
人の心を掴む永遠のテーマですね。

これが数カ国語に翻訳されたようですから、
ロングセラーだったということでしょう。

これに音楽家たちがインスピレーションを受けて
こぞって音で描写を加えた、

ヘンデルも、
テレマンも。

(他、是非聴いてみたいのが、
シュテルツェルという作曲家のもの。
オススメらしい。)

今日の話し、テレマンじゃないのかい、

っていうくらい前置きが長くなりましたが、

刺激を受けたテレマンのブロッケス受難オラトリオ、

冒頭のsinfonìa、

すっごいいいです。

なんだか、
モーツァルト?いや、ベートーヴェン?
みたいな、時代を超越した感じの始まり。

そして、

オーボエはイエス?

と思わせるような演出。


そこに絡み寄り添う
ヴァイオリンの音色の使い方!


 中間部にくるとでテレマン、
オーボエになんとまあ、大それたことを...

それを聴けばもう溢れんばかりのエモーションに
押されていくようで

たまらなくなるのですー。



私はルネ•ヤコブの録音を聴きましたが、散々饒舌に語った後に、

最後にヴァイオリンの一言で

私たちの気持ちを
これから始まる話へと引き込んでくれるんです。


彼の楽器の使い方には
本当にセンスの良さを感じます。

いやあ、テレマンのイメージ、
変わります。







































2015年3月7日土曜日

テレマン

こんにちわ。アニマコンコルディアのヴァイオリン弾きKaori です。

アニマコンコルディアのホームページはこちら。www.animaconcordia.com


来週末は久しぶりに名古屋へ行きます。

中部地区の古楽愛好家に結成された名古屋バロック音楽協会、
アニマコンコルディアの名古屋公演の際には
会報に掲載していただいたり、いつもお力を貸していただいておりました。

ここの代表をされている片岡さんがリサイタルを開催されるので
ご一緒させていただきます・・


片岡さんは毎年必ずご自分でリサイタルを企画されていて(脱帽!)
今回はテレマン三昧プログラムでございます・・

詳しくはこちら。
名古屋バロック音楽協会 
http://www.nagoya-baroque.com/cgi/caldiary/caldiary.cgi

フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ
そしてチェンバロ、というゴージャスな品揃え。

それぞれ違った個性を持つ楽器四つが一緒になって会話する
まるで、
うな重とステーキと寿司とパスタが一気に味わえてしまうような
(あまり嬉しい組み合わせじゃないじゃないか・・・)

まるで、
ピザ生地にチョコとナッツを振りかけて、カプチーノといただいたら
すっごい美味しかった!っというような
(まだわかりにくいか・・)

まるで、
ワイン、前菜、メイン、デザートとフルコースを頂いた後の
全行程の満足感というのか
(・・頑張りました・・)

そういった感覚が味わえる四重奏曲をテレマンは書きました。

そしてこのコンサート、
なんとなんと、その四重奏曲集の一つの巻を全部やってしまうという
(巻には6曲はいっておるのでございます・・汗)

かなりコアで、

かなりレアなコンサートでございます。


はっきり言いまして、

お話を頂きました時には

こ、これは・・
挑戦状・・・

かなりマラソニックでございます。


作品のエンターテイメント的充実性を楽しめるのはもちろんのこと、
ミュージシャンが汗かきもがく、
そんなエンターテイメントも楽しめるかもしれません笑。

まあ、ヴァイオリンというのは、そもそも抒情からヴィルトゥオーゾまで、
大抵忙しく動き回るものですが(ほほほ・・自慢げ?)


しかし、とっても優雅で上品な楽器である
ヴィオラ・ダ・ガンバ、

テレマンはそのガンバを、
この作品ではまるでヴァイオリンのように動き回らせるのでございます。


しかしテレマン、
巷でよく聞かれる名前ではありながら、
なんとなく印象の弱い作曲家のイメージ?というのが
無くはないのですが、
(多作な作曲家なので、いろいろ聴いているうちにテレマンの手の内を読める、と思ってしまうところにあるのかも・・?)

いやしかし、いろいろと演奏してみるとやはりこの人、
ホントに書き方知っていたなー、と

そして、其々の楽器の可能性が明確に読み取れていた人なんだなー、と

感心するばかりでございます。

学校で必ず教わる
ヘンデルとバッハとも親交があつかったわけですから・・
音楽セレブなわけですよね笑

音の職人、しかも匠、というところでしょうか。
すごいです。


そのすごさ、ちょっとやそっとでは紹介しきれないですが、
今日から来週の公演日にかけて
ちょっとづつテレマンのご紹介ができたらな、と思います。

今日はまずはご挨拶までに、1曲だけご紹介して・・

コンサートの演目とは関係ありませんが、

今日のような土曜日の朝、
或は、
夕暮れ時の空を見上げながらでもよいでしょう、

テレマン作 トランペット協奏曲 ニ長調の一楽章

是非聴いてみてください。

通常はキンキラで
おめでたい時に参上するトランペットですが、

そのトランペットがしっとりと歌い奏でる
素敵な曲でございます。

できればバロックトランペットで聴いていただきたいなー。
どこか温かみを含んだ音色です・・


ちなみに、ちょうど一週間後、3月14日(土)は
なんとなんとテレマンの誕生日ですよー。


その一日前にイブ公演する片岡さん、
さすがオツだなー。














2015年3月5日木曜日

怨念。

今日はとうとう、今季初めてのウグイスの歌声を聞きましたよー。




























あ、いや、ごめんなさい。本物のウグイスなんです。ホントです・・
なかなか姿まで撮れないんで
こんな画像でごまかしました・・























これから一気に、動物から植物から様々なものが顔を出し始め、
音、色、にぎやかになりますね。
花粉症で春が憂鬱な方もたくさんいらっしゃるとは思いますが、
いろいろ試しながら乗り切ってくださいませ。




前回の着物のお話続きます・・・

今回は、ちょっとおどろおどろしい表題にしてしまいました。



怨念。。。。
この言葉、とっても久しぶりに聞きました。


先日の着付け教室でのことなんですが、
ふとしたタイミングで先生が

「着物は、リサイクル等で買ってはいけませんよ。」

っとおっしゃるのです。


・・・・?



「怨念がつくから、ダメ!」



親から受け継いだものだったりなら良いらしいのですが、
リサイクルのように、誰のものだったか分からないものは、
素性というのか、着物にまつわるいきさつが分かりませんよね。

そのモノに染み付いている念というものがあるので、
気を付けなさい、ということなのです。




変な言い方になってしまいますが、
これぞ日本文化・精神だわー



っと、妙に感心する私でした・・



確かに、モノでも心があると感じる瞬間、ありますよね。


身近なものでいうと、車。


以前私はまったく無頓着だったんですが、
エンジンオイルを替えたり、車を洗ったりするたびに夫が


「ほら、音聞いてご覧よ。喜んでるじゃない。走りも違うよ。」

って言うんです。



この人何いってんだぁ?でも、その感性いいねー。

なんて微笑んでいたんですが・・


いや、ほんとだ、喜んでるわ。。。。。



私たちの家なんかもそうです。

私たちの家はもう築30年以上にもなる古いお家なんですが
(古いといっても、築200年とかいうお家が立ち並ぶ近所では充分若い笑)

引っ越してきた当時は、
家に見られているなー、という感触でした。

面白いのが、動物達も見に来るんです笑


ウサギ、鹿?(まさかそこまでのどかでもないと思うのですが、あの夜、足としっぽを見てそう思った・・たぶんイノシシ?)、
とにかくいろんな動物が私たちの居間の窓のそばで一旦立ち止まっていくので、

うわあ、これから動物に囲まれての毎日〜?

なんて興奮していたら、

なんてことはない、どいつが越してきたのか確認したかっただけのようで、


しばらくすると、めったに出てこなくなりました笑。



話が激しくずれていきそうなので、家の摩訶不思議のお話は
またの機会にいたしましょう。



・・・というわけで、先生のお言葉がどーんとお腹に響いていた私なのですが、
ふと、


「あれ?そいじゃあ、楽器はどうなんの・・・?」



ヴァイオリンというと、
ゆうに200年とかを越えてきて、
たっくさんの人々に演奏され、
たっくさんの喜怒哀楽の中に埋もれ、
たっくさんの物語を持っているんですよね。


確かに、
ヴァイオリンでも、似たようなアドヴァイスを頂いたことがあります。


「ヴァイオリンは不健康なものを選んじゃいけないよ。
                      運命が変わってしまうから。」


例えば、過去に見た楽器では
それはそれは有名な製作家の楽器なんですが、
表板、裏板、横板、それぞれ同じ製作家の別のヴァイオリンの残骸(失礼!)
を寄せ集めて出来たヴァイオリンとかもあるんです。
(それが不健康なのかどうか、という判断はあくまでも個人的ですよ。
「その事実があるから」ということでの判断というよりは、
演奏した時「私のヴァイオリンではないな」という感覚が残った、というだけです。)



尊敬する友人のその言葉は、
これまで楽器と向き合うための私の「眼」を養ってきてくれたと思います。


でも、結局巡り会わせ、というものがあると思います。

だから、
どんな楽器であれ、
自分が手にしているということは、
その楽器から学ぶことがある、ということなのです。




これまでいろいろなヴァイオリンに巡り会い、また育てられてきた私ですが、

やはり楽器は弾き手を選んでいるように思います。

もっとしっくりする言い方をすると、


楽器と、それ自体が持つ波動に似通ったものを持つ人とが
お互いに自然に引き寄せられていく


そんな感覚でしょうか。

自分を例に挙げても、

それぞれの成長過程にあったヴァイオリンが私を探してくれて、

次のステップへと新しい楽器をまた連れてきてくれている。


ほんとに人との巡り会いと同じですね・・・




そんなことを考えると、
どんな物語を背負っているのかも分からない古着でも、
まず見てみることは逆に大事なのではないかな、っと思います。


日々努めて心身を浄め、
調和とつながっていられるよう
精進を続ける。
そうすると
全くそれと異なるような空気や念を持ったものは、
引き寄せられないはずです。


怖がらず、
自分の勘というものを信じて、
敢えてそのモノの背景を感じてみる。


こういう「眼」というのか、
感性を育て鍛えることは
大事なんじゃないかな。


そしてもっというと、
どんなものでも、
自分が愛情をかけて持つことによって
「自分のもの」になっていく・・

そんなふうに
無限に変化していく可能性を
全ては秘めているのではないかな。




























2015年3月3日火曜日

ワクワク♡♡


こんにちわ。アニマコンコルディアのKaori です。

どんどん春に向かっていますねー。









ウチのベイビー梅も春うらら♡







そして私の月曜日はしばらくの間、日本文化と触れ合うわくわくの曜日でございます。











この人生で体験しておきたいことリストの中の一つである着物。

長男の入学式に、着物好きの友人がどうしても私に着せたい!っと
頭からつま先まで着せていただき、
着物や小物を見に連れて行ってくれたり。
着物って、コーディネートがすっごく楽しいんですよね。
着物と帯はもちろん、
半衿の色、

帯締めの色、
帯揚げの色、
ちらっと見える小物の色遣いで
着物の顔が
がらっと変わってしまうんですもの・・・






そんな着物文化へいざなってくれた友人に
着付けも習おうと思っていた矢先、


彼女も私もそれぞれ移住してしまい、
生活の変化によって
そのプロジェクトは流れてしまっていたのでした・・


しかし。



これから死ぬまで
やりたいことは全部やるぞー、

っと自分に宣言した今年、



またモリモリっとそんなチャンスがやってまいりました・・


ってゆーか、そんな大層なプロジェクトではないんで、
ささっと自分で教室通えば済んだ事なんですが(笑)



でも、

意外に「ま、いっか・・・」

で済ますことって多くありません?




私は結構そうやって心の押し入れにしまっているものがありました。

「こんなことは今は必要ないから」

っていうのが、大抵の言い訳だったかな。




でも、

必要なことって何だろう?


「必要なこと」って

自分ゴト、
世の中ゴト、

定義を変えれば
違ってくるんですから

見る角度によっても変わってくるし。







不思議なもので、


例えば必要では無いようでも、

やってみると

「この中のこれが必要だったんだ・・」

と見えてくることもある。



私にとって着物は今のところ、

新しいことを知るワクワク

そして凛とした日本文化の空気を吸わせていただける新鮮さ

(まだ2回目なんでそんな多くのことは語れませんが笑)


こんなささいなことでも


涸れていた土にみずみずしさがよみがえるような

すっごいパワーと喜びをいただいております☆




そんなわけで最近は、

ほんの些細なことでも

ワクワクしたら
すぐ飛びつくようにしております・・。







ちなみに、着物プロジェクトは
最近の私のウィッシュリストにも書き出されなていなかったような、
ほとんど忘れかけていたようなことでございました・・・




そこへ
またまたやってくる子供の入学式、


ただ、私のママダチが着たかっただけだったのです・・


「一緒に着ない〜?」

と、お誘いがかかり、


「三人だからかしまし娘!」と盛り上がり、
(他二人はかしまし娘、知らない世代だった・・・苦笑)


「みんなも着せてあげるからねー!」

っと無謀な宣言をし、

その勢いですぐさま着付け教室申し込み。
(かしまし娘になりたい、という勢いではありません笑)






結局、

なんだかんだで、


私しか着ないってことになったんですけどね・・・笑




でも、最初の一声を挙げてくれた友人に


本当に感謝。



こんなふうに、

たとえ忘れかけていたとしても、


物事が自分に近づいてきてくれるって、


素敵ですねー。



だからこそ、日々の出来事に心をオープンにしていることって、
大事です。





















































2015年2月22日日曜日

外側に見えるものと内側から輝きだすもの、どちらが外見? Geoff Gallante

こんにちわ。アニマコンコルディアのかおりです。

昨夜、ゆっくり映画を観ようと思っていたら、
もっとすごいものを観てしまった・・

たった7分45秒なのに、二時間たっぷり名作映画を観たような衝撃・・・・。


『ほんの数分ちょうだい。映画の前にちょっと見せたいものが・・』

と、夫が見せてくれたビデオなんですが、
ジャズバーかどこかで録られたホームビデオっぽい録画。

出演しているミュージシャンに少年が



「一曲一緒に弾かせていただけませんか?」

と言うところから始まります。

まあまあ、それ以上の注釈はさておき、観てください・・

http://youtu.be/1xEFTFnRmLw


・・・・・・・。

いかがですか?

私は口をあんぐり開けたままでした・・笑

演奏の後に、ピアニストが説明していますが、この「Cheek to cheek」という曲、
即興するのが決して簡単な曲ではないそうです。

和声構成が結構複雑で長く、特に変ロ長調から変ロ短調に転調する部分は、
大物ミュージシャンでもつまずくことがあるような曲、

なんだそうです。

11歳の少年のここまでの演奏・・・もちろん技術的な部分も目を見張るものなんですが、
しかし、何より、
ステージに立つ彼の「存在感」というのか、
彼を取り巻く(というか、おそらく彼が生み出す)空気に圧倒されます。


目前に見える身体よりも、
ずっと大きく見えるんですよね・・。

こういう時、人は「やっぱ、彼の前世は・・・」とかいうんですが
(実は昨夜の夫のコメント笑)

ただただ音と一体化している結果なんだと思います。
言い換えると、思い描いているものになりきっているんでしょうね。

イメージがあって、それが「見える」ように振る舞う。
そうすると、そのイメージ自体が、
『見る』から『為る』へと助けてくれる・・

まずはイメージ。


『見えるもの』と『見えないもの』

これらは対立するものではなくて、
この二つの調和の上に世界は広がる。
実はどちらか一方だけでは成り立たない。


11歳の男の子が、成熟した大人に見える瞬間、
まだまだ学び直すことがあることに
感謝するばかりです。

ちなみに付け加えておくと・・

少年の演奏に応えて
それをさらに「生かす」対話をされている
ピアニストとベーシストの粋なフォロー。
これがあるから更に素晴らしいです・・・

もっと言うと(笑)・・・

絵画の額のような鏡とそれをぼんやり映し出すライティング
この中に
お客さんとミュージシャンの一体感が描き出されているようなこの設定、
偶然の産物ながら最高の演出です。

こんな空間が
ライブの醍醐味なんだなー。

ありがとうございました・・




























2015年2月20日金曜日

現在のメンター

今日登場するのは・・・・


もうすぐ7ヶ月のボーダコリーです。

 昨年、私たち家族に添ってくれたトイプードルが天国への虹を渡り、

 これまで犬に育てられた(笑)私たち家族は、
やはり犬無しの生活に長くは耐えきれずに迎えたのがこのボーダーコリー。 




「犬の中で一番頭いいんだぜー」

 っと、なんかすごいもんつかんだぜ、みたいに誇らしげな夫・・・ 


「頭がいい」ってことは、それだけしつけも大変だという意味なのに・・・
 
・・大丈夫かなぁ・・

 でも、結局私たちはいつもなんだかチャレンジが必要なんです。 


私の犬経験値は全く低い。
子供の頃かっていた犬に噛まれ、それ以来犬恐怖症。 

動物好きで、猫とはすぐ仲良くなる自分が、
犬語を理解できず近づけないまま人生終るのか、ということが許せず、
 犬をもっと知りたい、
と思って迎えたのが昨年旅立ったトイプードル。 


そんな彼のお陰で、犬恐怖症はすっかり克服。
犬無しの人生なんて・・と言えるくらいにはなったのですが、 
やはり中型犬はまた新しい経験です。

 やはり・・・・

 違いました・・・・笑 


犬種の違い、というより、あくまでもその犬の性格の違いなのかもしれませんが、

コリーちゃん、かなり犬犬しいです・・・笑




 本来群れで行動する犬の世界では、誰がその群れのリーダーなのか、ということが
明確であることが大前提。
リーダーはその群れの信頼を得、群れの安全を確保するために動く存在、
それに従うものたちは、ただただ愛を与える存在です。 

ペットとして犬を飼う時、
かわいらしくてただただ、愛でる対象として犬を扱いがちですが、
 犬は、まず誰が舵とれば安心、調和を確保できるのかを見ている。
ぶれない姿を彼らは求めているというわけです。


では、パック(群れ)リーダーの求められる姿とは・・・・?



 シーザー・ミランのビデオを見まくり、本を読みまくり、
そして実践=格闘の毎日・・ 

なかなか思うようにいかない日々が続き、何度も「無理かも・・」と涙を流しました。



 でも、これが、成長するんですよねー・・・

  「困ること=学ぶこと」 なんだ、
とつくづく思います。

 もっとも、私が成長するより先に、
 実は犬のほうが飲み込みが早かったんだと思います(苦笑)。


 しかし、それだって、メッセージが明確でないと、飲み込んではくれません。 


そういう意味では、
 犬の反応というのは、宇宙の反応と同じなんだな、と感じ始めました。


 つまり・・


  宇宙が機能する仕組みを知りたかったら、犬に聞けばいい。




 いわゆるアメリカン・ドリームを実現した大物
シーザー・ミランの口癖、

「犬の問題ではないのです。常に問題になるのは我々なのです」

そして

あなたがして欲しいことを言っても、(犬は)あなたの内側のものを拾い上げます」等々。


 彼の番組、犬に関することと思いきや、結構人として教わることの方が多く、

自分と向き合うための大切なメッセージが溢れているので、ハマっています・・・

そして例に漏れず、ロイは私の心の奥の様々なことに、素早く反応し、
私に向かって映し出してくれております・・・



 というわけで、
小人さん小人さん、
こんな身近にメンター送ってくれて、 ありがとうー。


 ちなみに、吾がメンターの名前はロイ(Roy)。 

呼びやすい名前をリストアップして、
「音の響き」だけで多数決で決めた名前なんですが(笑)、

 一応Royal、王様、みたいな意味合いになるんですよね。


 余談ですが、
バロック時代のヴェルサイユ宮殿、ルイ14世の時代、

 「王の24のヴァイオリン」 と呼ばれて有名だった、
王お抱えのヴァイオリニストたちがいるんです。

 つまり・・・

 私たち夫婦は、「ロイのヴァイオリニスト」ということで・・

 晴れて、王お抱えのヴァイオリニストになれるわー!! という、

非常にマニアックで地味なシャレが気に入って
【ロイ】の命名に密かに満足している私です・・


 ちなみに私たちのファーストCDですが、 

前記した「王の24のヴァイオリン」の代表格である J.M.ルクレール

というヴァイオリニストのデュエット作品全集なんです・・ 

http://youtu.be/wKcOIrYpYxU
そしてそして・・・

 今年は、同じく24のヴァイオリンから、
ルクレールのライヴァルだったヴァイオリニストをとりあげ、
 CD製作プロジェクトを計画中です♫


 乞うご期待〜♪

2014年6月16日月曜日

デイヴィッド・ギャレット

先日偶然ヴァイオリニスト、デイヴィッド・ギャレットがテレビ出演しているのを発見。
デイヴィッドは「熊蜂の飛行」という作品を最速で演奏しギネスブックに載ったヴァイオリニストなんです。
一番速い熊蜂の演奏、ギネスブックで認定された瞬間のビデオを観たい方は
http://youtu.be/NHkX0URELfQ
(その演奏自体は最速なだけあって(笑)あっという間に終ってしまうので、番組の中でかなり引っ張っていて、ビデオではほんの最後の2,3分です・・・)
来日したのはライブのためでもあるけれど、彼がパガニーニに扮して出演した映画の宣伝のためのよう。
そんなわけで、テレビではパガニーニのカプリース第24番を披露。
彼の面白いところは、例えばこのカプリース、ギター伴奏をアレンジして演奏。
カプリースは練習曲のように聞こえてしまいがちだけれど、彼の演奏はイタリア人Bellissimoなパガニーニを連想させてくれて面白かった。
それでは早速・・・、と映画を鑑賞。
巷で見られる肖像がではあんまりハンサムとはいえないパガニーニ、カジノ営業や重なる逮捕歴、女性遍歴などなど、残る逸話を聞いていると、 映画でのパガニーニはちょっとダンディすぎないか?笑
自分の中のパガニーニのイメージが強いのか、今ひとつニコロを見た、という実感が湧かないんだが、
映画に盛り込まれたヴァイオリンのパフォーマンスはかなり満足に愉しめる。
ストラディヴァリウスで奏でる超絶技巧の中にヴァイオリンの色っぽさが感じられる。
そんな演奏を聴いていると、「そうかあ、女性達をイチコロにしたニコロなのだから、映画で描いた部分も本当なのかもしれない・・」と思えてきたり。
ちなみに、パガニーニのお相手の清純な歌手の声もなかなか味がありまた色っぽくて良かった。
最終的には「デイヴィッド・ギャレットを愉しんでください」という映画かも。
彼がパガニーニのイメージで作曲しているらしいんだけど、どれだろう・・