以前にも書きましたが
バロック時代というのは、ルネッサンスという大イベントの延長線上にあります。
ルネッサンスとは何かというと、
心の成長でいう「自我の目覚め」ではないかと感じます。
それまでの時代は、すべて神。
その下に生きる人間は、罪を犯し楽園を追い出されたもの。
神への畏敬、むしろ恐れの方が強いような心境の中に
生きていたのではないかと感じます。
美術でみると、中世は宗教絵画一色。描き方もとても禁欲的です。
音楽でも、神に捧げるものとして、不協に響く和音を使うことは許されませんでした。
そこから一気に開花するルネッサンスという大イベント。
こんな「おいら」もまんざらじゃないぜ
え〜じゃないか、え〜じゃないか、え〜じゃないか!
というノリです笑。
赤ちゃんの成長における「自我の芽生え」として言われるのは
「あれがしたい、これがしたい」の欲求。
欲求が出ることの背景には、
自己の価値を認める
「自覚」が背景にありますよね。
ルネッサン スに起こったことというのは
我ら人間にも輝きが備わっているじゃないか、
ということの感得ではないでしょうか。
その「個性」に対する圧倒的な興味
そして、自我に目覚めた瞬間の喜びが溢れている時代だと感じます。
自分に内在する神を見出す、くらいの心の勢いがあったかもしれませんね。
それがどう映し出されたかは別として。
心の痛みの表現などは、
音楽の場合「短調」が用いられますが、
バロック音楽の短調の作品の中に
私はいわゆる「暗さ」を感じません。
むしろ、心の痛みを「ドラマ」という形に置き換えて
「表現できる」ということに対する
爆発的な喜びさえ感じます。
「人生は舞台
人は役者」
というシェークスピアの言葉にも
その舞台に起こる全てのドラマを
皆で味わい楽しもうじゃないか
というメッセージが含まれているように思います。
人間のはじけるような感情、
「感じることのできる力」と
私は言いたいですが、
感じようじゃないか、表現しちゃおうじゃないか!
そんな自己肯定感の中の喜びの音楽
3世紀にも隔たりますが、
これから私たちに必要とされる感性に
共振してくるものがあるような気がします。
農(agriculture)と創る楽しみ(creativity) 、アグリエイティブな日常と世界を心に描くヴァイオリン弾きです。皆さん一日に一つでも笑顔を増やせるブログを 目指して綴ります。
2016年5月26日木曜日
2015年3月27日金曜日
言わないから、分かって・・
お読みいただき、ありがとうございます!
半農ヴァイオリニストKaoriです。www.animaconcordia.com
春うらら、梅をひとしきり愉しんだ後は・・
じゃじゃーん
スイセン(ラッパズイセン)真っ盛りですね〜☆
スイセンというと、ギリシャ神話で出てくるナルキッソスにちなんだ花。
ナルシスト、っていうじゃないですか?
あれです。(英語だと、文字通りナルシス、と呼ばれています)
ナルキッソスはとても美しい青年。
森の妖精達が恋心を寄せるのですが、
彼は、つれなくも妖精たちを拒みます。
「神に対する侮辱だー!」
と怒った女神ネメシスは
ナルキッソスに魔法をかけ、自分しか愛せないようにしてしまう・・
ナルキッソスは水面に写った自分の姿に恋をし、
その人に触れることもできず、
ただただ、
水面に写る自分を眺めながら死んでいってしまう・・・というお話。
ナルキッソスの亡くなった水辺に咲いていたのがスイセンなのだそうですが、
半農ヴァイオリニストKaoriです。www.animaconcordia.com
春うらら、梅をひとしきり愉しんだ後は・・
じゃじゃーん
スイセン(ラッパズイセン)真っ盛りですね〜☆
スイセンというと、ギリシャ神話で出てくるナルキッソスにちなんだ花。
ナルシスト、っていうじゃないですか?
あれです。(英語だと、文字通りナルシス、と呼ばれています)
ナルキッソスはとても美しい青年。
森の妖精達が恋心を寄せるのですが、
彼は、つれなくも妖精たちを拒みます。
「神に対する侮辱だー!」
と怒った女神ネメシスは
ナルキッソスに魔法をかけ、自分しか愛せないようにしてしまう・・
ナルキッソスは水面に写った自分の姿に恋をし、
その人に触れることもできず、
ただただ、
水面に写る自分を眺めながら死んでいってしまう・・・というお話。
![]() |
| カラヴァッジョ「ナルキッソス」 |
ナルキッソスの亡くなった水辺に咲いていたのがスイセンなのだそうですが、
こうしてちょっとうつむく姿・・・
ロンドンに滞在していた時、ナショナルギャラリーで
水辺を眺め続けるナルキッソスのようだ、
ということで、彼にちなむ花とされています。
ですから、花言葉は
自己愛。
ナルキッソスがかかった魔法はごめんだけれど、
様々な転機が訪れ、何かと忙しくなるこの季節、
自分に向き合い
そして自分を大事にする。
そんなひと時を今一度、持ちましょうよ
っと言って咲いてくれているのかもしれませんね。
さて、言葉なき花のメッセージと同じなのが、
絵画の世界。
いきなりですが、この絵・・・
どんな感覚を覚えますか・・?
![]() |
| ブロンツィーノ 愛の寓意 |
その迫力と艶っぽさ、鮮やかさに圧倒され、
自宅に飾っていた(もちろん本物じゃありませんよ!笑)絵です。
ところが、毎日眺めていると、
喜ばしい場面なのか、
それとも実は怪しい絵なのか、
見れば見るほど、分からない
とっても不気味、
しかしなんとも言えない艶やかさに惹かれてしまう。
とても不思議な感触でおりました。
先日、中野京子さんの著書「怖い絵」を読んでいましたら、
この絵が取り上げられていました。
作家でもある中野さんならではの文章力が、
絵画を至近距離で、生々しく感じさせてくれるので
あえて私は詳しくここで書きませんが、
この絵のタイトル「愛の寓意」とは・・
寓意の意味を辞書で調べますと、
ある意味を、直接には表さず、
別の物事に託して表すこと。
つまり、
私、言わないから。
分かって・・
ということ。
知る人ぞ知る
あなたなら分かるわよね・・・(ニヤリ)?
といったところでしょうか。
かなり試されている感ありますが、
実はこの寓意、
バロックの時代は流行っていたのでございます。
(そいでもって、音楽はもちろん格好の材料だったわけ!)
(そいでもって、音楽はもちろん格好の材料だったわけ!)
謎・・
分からないからこそ、
分からないからこそ、
自分の感覚を研ぎすませて
内側に入っていくことができる
そーんな時間をくれるのがアートなんですね♡
どうでもいいんですが、
ブロンツィーノの絵右上の「時の翁」と解釈されている髭の老人、
古楽界のパパである彼にそっくり・・・笑
![]() |
| ヴィーラント・クイケン |
2015年3月19日木曜日
形に込める思いとその力
こんにちわ!アニマコンコルディアKaoriです。www.animaconcordia.com
先日、着付けのお稽古で面白かったのが
文様のお話。
着物の模様に使われるモチーフが持つ意味なんですが、
吉祥文様といって、
吉を呼ぶモチーフなんですよね。
代表的なのはもちろん
松竹梅や亀、鶴。
松は古代から、神が依りつく樹とされていて、
また、常緑樹でいつも蒼々としているから
長寿の意味と重ねられる。
竹は真っすぐ、
しなやかで強い、
成長も速いことが
祈りの対象。
梅は別名が「好文木」で、
学問が栄えると立派な花をつける樹、という言い伝えがあるらしい。
そしてまた、
「梅」=「産め」
という語呂合せも・・
樹では他に桜
さすが日本の樹というだけあって、
この樹には稲の神様が宿っているとされているんですよね。
桜の開花状況をみて
その年の豊凶を占っていたようです。
今でも、畑の種まきや植え付けの時期は
桜が咲き始めたら・・
って言いますよね。
他のシンボルも紹介しましょう。
フクロウは「不苦労」
扇は「末広がり」
この辺までは結構誰でも知っているかな。
(実は私、フクロウ知らなかった・・汗。
よく観光名所とかでフクロウのお土産見かける度に
・・ホウ?っと不思議だったのです。)
紅葉
鶏冠に似ているんで、
立身出世のシンボル。
それから皆様、この模様、見たことありません?
これ、麻の葉なんです。つまり大麻。
剣道の道着なんかで私は見かけました。
子供の産着なんかでよく使われてたらしいんですが、
この大麻もとっても成長がはやく
種撒いて3ヶ月もすると、
2メートルくらいにもなってしまうらしい。
しかもとっても丈夫。
実は大麻って、日本では神様に捧げる
とっても神聖な植物なんですよね。
神社にいくと、神社大麻っていう
お守りのお札、ありますよね。
子供の成長を願って
白い綿の産着に
お母さんが麻の葉を縫い入れていく姿・・
実に素敵な模様なんですね。
あとみなさんこれ・・・
籠目(かごめ)というのですが、これは鬼が嫌うっていうんで
魔除けの文様だったらしいです。
子供などの霊が浮遊するの食い止めたりする意味があったとか。
つまり、あのかごめかごめの唄
籠に閉じこめられてしまった鳥(魔物か霊?)
いつ出てくるのー?
そいでもって、
自分の真後ろの人をあてるって・・
なんだか、結構スリルのある感じの遊びだったんでしょーか・・・汗
気を取り直して・・・
これなんか、若い娘さんのお召し物によく見られる印象があるんですが、
矢羽根、矢絣といって
「矢は射ったら戻ってこない」
ってことで、結婚での縁起物。
さてさて、これは鱗紋。長襦袢とかで、よくみる模様です。
先日、着付けのお稽古で面白かったのが
文様のお話。
着物の模様に使われるモチーフが持つ意味なんですが、
吉祥文様といって、
吉を呼ぶモチーフなんですよね。
代表的なのはもちろん
松竹梅や亀、鶴。
松は古代から、神が依りつく樹とされていて、
また、常緑樹でいつも蒼々としているから
長寿の意味と重ねられる。
竹は真っすぐ、
しなやかで強い、
成長も速いことが
祈りの対象。
梅は別名が「好文木」で、
学問が栄えると立派な花をつける樹、という言い伝えがあるらしい。
そしてまた、
「梅」=「産め」
という語呂合せも・・
樹では他に桜
さすが日本の樹というだけあって、
この樹には稲の神様が宿っているとされているんですよね。
桜の開花状況をみて
その年の豊凶を占っていたようです。
今でも、畑の種まきや植え付けの時期は
桜が咲き始めたら・・
って言いますよね。
他のシンボルも紹介しましょう。
フクロウは「不苦労」
扇は「末広がり」
この辺までは結構誰でも知っているかな。
(実は私、フクロウ知らなかった・・汗。
よく観光名所とかでフクロウのお土産見かける度に
・・ホウ?っと不思議だったのです。)
紅葉
鶏冠に似ているんで、
立身出世のシンボル。
それから皆様、この模様、見たことありません?
![]() |
剣道の道着なんかで私は見かけました。
子供の産着なんかでよく使われてたらしいんですが、
この大麻もとっても成長がはやく
種撒いて3ヶ月もすると、
2メートルくらいにもなってしまうらしい。
しかもとっても丈夫。
実は大麻って、日本では神様に捧げる
とっても神聖な植物なんですよね。
神社にいくと、神社大麻っていう
お守りのお札、ありますよね。
子供の成長を願って
白い綿の産着に
お母さんが麻の葉を縫い入れていく姿・・
実に素敵な模様なんですね。
あとみなさんこれ・・・
魔除けの文様だったらしいです。
子供などの霊が浮遊するの食い止めたりする意味があったとか。
つまり、あのかごめかごめの唄
籠に閉じこめられてしまった鳥(魔物か霊?)
いつ出てくるのー?
そいでもって、
自分の真後ろの人をあてるって・・
なんだか、結構スリルのある感じの遊びだったんでしょーか・・・汗
気を取り直して・・・
これなんか、若い娘さんのお召し物によく見られる印象があるんですが、
矢羽根、矢絣といって
「矢は射ったら戻ってこない」
ってことで、結婚での縁起物。
さてさて、これは鱗紋。長襦袢とかで、よくみる模様です。
魚の鱗ということですが、私の着付けの先生によると、
蛇がとぐろをまいた形でもあるんだそうです。
ヤマタノオロチっていうくらいで、日本では山の神、水の神の蛇さん。
私達を守ってくれるというわけです。
『着物を着る、ということは
そういった縁起物や魔除けの力を身に纏っているということ。
ただの模様ではなくて、文様に守られて
過ごしているのよ。』
という先生の言葉がとっても印象的でした。
言霊と同じように、
全てのものはそういった思いが
形となったもの、そして人に作用するものなのかもしれません。
音楽も実は、こうした文様と同じ
象徴みたいなものがあって、
聴く人に知らず知らずに作用していく、
という仕組みがあるのですよ。
また、別の機会にお話したいと思います。
2012年12月23日日曜日
弓製作中の休憩話から ペルナンブーコ
南アメリカとヨーロッパを行き来する貿易船。さて、珍しい食べ物や、貴重品を船に積むのに使われたのが、樽。中にぎっしり詰まった樽は重くて、秤などはとても使えない。そこで、船員たちは、その木樽をトントン、と叩いて、その音で重さを計っていたんだとか。すっごい音楽的・・・・。1トン、2トンという単位は、その「トン」の響きなんだそうです。大体1000キログラムの時の「トン」という響きを皆、経験で感じていた、ということですね。すごい。
(ちなみに、この話を聞いて感動した筆者は、自慢げに息子に話してやったら、「それ、テレビでやってたよ」と言われてしまった)
しかし、ここで今日の話は終わりません。この樽の木材に使われていたのが、南アメリカで豊富に見つかっていた「ペルナンブーコ」だったらしいです。ペルナンブーコは柔軟な木材なので、樽の形を作るにはおそらくちょうど良い材料だったのでしょう。
ヨーロッパへ到着して、荷解きをすると、その樽のお役目はなくなるのですが、またここで解体した樽のペルナンブーコ材を欲しがる人々がたくさんいたのです。これは以前にも書きましたが、このペルナンブーコ材、染料としてとても珍重されていたのです。
さてさて、果たしてその樽、弓用には使われたのでしょうか・・?ちょっとソリがついちゃってると思うから、どうでしょうね・・・。
ある午後の休憩話、これにて完結。綴り終える間に、弓、仕上がりました。
2012年12月20日木曜日
弓製作中の休憩話から 航海
新大陸を発見することで、ヨーロッパはいろんな「お宝」に出会うことになります。ゴールド、カカオ、コーヒー、砂糖・・。野菜なんかでいうと、トマトと言えばイタリア、ジャガイモといえばオランダやドイツ、と思われがちですが、これらがわたってきたのは「カリブ海」からなのです。「ひょっほほ〜い」とばかりにヨーロッパの大国はカリブ海の島々につばをつけはじめます。スペインはキューバ、プエルト・リコ、サント・ドミンゴの一部、イギリスはジャマイカ、バルバドス、その他小さな島々、フランスはサント・ドミンゴの西部、マルティニーク、グヮダルーペ、等。
そして、その「お宝」をヨーロッパに持ち帰るため、貿易目的での船がどんどんと出入りするようになります。
2003年制作されたアメリカ映画「マスター アンド コマンダー」、新大陸発見時代よりずっと後、ナポレオン戦争中の1800年頃の話になりますが、航海に生きる人々の男気がたっぷり楽しめます。音楽を愉しむ場面ではモーツァルトやボッケリーニも音で登場しますよ。
2012年12月18日火曜日
弓製作中の休憩話
弓につかう材木の話になった時、たちまち新大陸発見の時にまで遡りました。
520年まえの1492年、コロンブスが大西洋を横断して、南アメリカを発見するのです。
520年というのをかなり前と感じるか、わりと最近と感じるかは人様々でしょうが、このとき、まだヨーロッパ人は日本には来ていないのです。1271年に、マルコ・ポーロが東方見聞録という、アジアへの旅についての記録を残していて、ジパングについても語っていますが、彼が辿り着いたのは中国で、ジパングについては中国大陸で聞いた日本のイメージです。実際にヨーロッパ人が日本の地に足を踏み入れるのは南アメリカへの旅のおよそ50年後。
スペインのコロンブスが南アメリカに辿り着いたあたりの時期は、ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマがインドに到着しています。
さて、南アメリカを発見した、といっても、大陸を発見したのはコロンブスの四回目の航海でやっと、なのです。一度目はドミニカ共和国のあたり、「な〜んだ、島じゃん」といって、しかし美しいその場所を目の当たりにして既に〔新世界」を思ったことでしょう。2回目はキューバ。つまりバハマ諸島を発見したということですね。3回目もまた島。やっと四回目に、大陸に辿り着いたのです。パウルの母国、ヴェネズエラを発見したのもその時。ヴェネズエラでもコロンビア側のマラカイボのあたり。マラカイボには海に面して大きな湖があるのですが、そこに辿り着いたようです。湖上に建つ家々をみて、「ヴェネツィアみたいだ」とつぶやいたコロンブス(スペインのコロンブス、と書きましたが、コロンブスはもともとイタリア人)。ヴェネスエラの「スエラ」の部分はヴェネツィアの縮小辞なんです。
おフランス
フランス料理といえば、美しく、繊細な芸術的料理として今では知られていますが、もともと洗練されたその調理法はもともとはイタリアからやってきました。もっともそれも14世紀くらいまでに遡りますが。ぐっと変わってくるのは、1500年の前半にイタリア・フィレンツェの大富豪メディチ家から、カトリーヌがフランスに嫁ぐところからです。彼女が一緒に料理人を連れてきたからです。彼女は食とファッションにはこだわっていたので、日夜晩餐会。そこで眼を見はるメニューが・・。例えば子牛や豚の脳みそのシチューなんかとか・・。ケーキ、アイスクリームなど、今親しまれている色とりどりのスイーツもその頃。
さて、ヴァイオリンのフランスでの歴史も、この流れにかなり似ています。
さて、ヴァイオリンのフランスでの歴史も、この流れにかなり似ています。
2012年12月14日金曜日
ヴェルサイユ
まず、ヴェルサイユというのがどのくらいゴージャスかというと、1612年、ルイ13世が結婚したときのお祝いで、無料の公開コンサートが開かれたんだって。公開、といってもどの程度の人々に公開だったのか、っていうのはちょっとわからないけれど、ロイヤルパレスの前の広場というから、誰でも見れたんじゃないかな。何と200のトランペット、オーボエ、歌声、あらゆる楽器が天に向かって鳴り響いていたんだとか!もちろんパレス内も、教会も、すべて音楽で埋め尽くされていた。おー、何とゴージャス!
話はそれますが、オランダの女王の誕生日には、誰でも通りに出て、商売をすることが許されて、子供も自分のいらなくなったおもちゃを通りに並べて売ったりするんだけど、そのときの町はほんとに人、物、物、人、に埋め尽くされていて、しかもその陽気さといったらすごいもの!まあ、日本のねぶた祭やリオデジャネイロの祭りでも同じなんだけど、つまり200のトランペットでそんな状態、ということになるわけで・・・いいなー、いってみたい!
話はそれますが、オランダの女王の誕生日には、誰でも通りに出て、商売をすることが許されて、子供も自分のいらなくなったおもちゃを通りに並べて売ったりするんだけど、そのときの町はほんとに人、物、物、人、に埋め尽くされていて、しかもその陽気さといったらすごいもの!まあ、日本のねぶた祭やリオデジャネイロの祭りでも同じなんだけど、つまり200のトランペットでそんな状態、ということになるわけで・・・いいなー、いってみたい!
登録:
投稿 (Atom)











