ラベル おすすめの曲 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル おすすめの曲 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年4月16日日曜日

アニマコンコルディア CDリリース!

アニマコンコルディア  CDリリース!


地表が芽吹きはじめました。




そして今日はイースター。

「再生」「復活」する喜びを胸に、
このイースター日、
アニマコンコルディアデュオ第3作目のCDを
リリースいたしました!


前2作で録音したジャン・マリー・ルクレールに続き、
彼のライヴァルだったギニョンをはじめ、
同時代にフランス宮廷を飾った名ヴァイオリニストたちのデュオ作品を
集めました。

ホームページにて販売しております。
もうすぐアマゾンでも販売の予定です。





2016年5月27日金曜日

天に照らされて

昨夜、ラジオを聴きながら作業をしていて流れた歌に、
思わず動かす手を止め、息をのみ、聴き入ってしまいました。

「私の母に愛をこめて」 Con amores, la mi madre

15世紀のスペイン、イザベル女王のチャペルに従事していた作曲家
フアン・デ・アンチエタが書いた歌です。

お母さん、
愛に包まれて眠ってしまったよ。
そして、夢をみた。
夢の中で僕は、
僕にはもったいないほどの愛に包まれているって、
気がついたんだ。
その愛が、
僕に眠りとやすらぎを
もたらしてくれたんだ。

という感じの内容です。
(「僕」としたのは私の勝手な訳です。「私」かもしれませんね笑)

音を聴くだけでも、
そんな詩が聞こえてくるようです。

暖かな陽だまりか、
やわらかなオレンジの夕日に包まれて
溶けてしまってもいいな〜なんて思えてしまうような
なつかしさを感じるような
ほんの、2分半ほどの
極上の歌です。

なぜだか私は、
天照大神のイメージがふわっと浮かびました笑。


1日に一度、短くてもいいから

「今日もありがたかったなぁ」

という、
そんな感謝の瞬間がもてたらいいですね。

ラジオで歌っていたグループは
セタ・ラグリマスという男性歌手グループ、http://setelagrimas.com/home/
とても柔らかい歌声です。

女声で聴いてみたい方は、テネブラエという合唱グループでの演奏も
素晴らしいです。http://www.tenebrae-choir.com/
純粋さ、素直さに心洗われるようです。

このグループは、いろいろなジャンルの合唱作品を取り上げていて面白いです。
様々なものを取り上げているなかに、
ちょっと言葉に表せないですが、一貫した何かが伝わってきて、
そのセンスのよさが好きです。

「太陽、月、海、星・・Sun, Moon, Sea, Stars 」
というタイトルのCDでは日本の歌、ふるさととか赤とんぼも歌ってくれています。
これも優しい空気に包まれるような素敵なCDです。

いやいや、それにしても
やっぱり人の声って
素晴らしいです・・・。









2016年5月24日火曜日

ロカテッリ コンチェルト・グロッソ作品1 第6番 第一楽章 ハ短調

片恋のこの想い、
世界中に打ち明けたくて居ても立ってもいられず、
突き上げる気持ちは喉までかかり、
なのに、この熱くなった喉元に風を通すことすら出来ず、
ただただ燃える気持ちを飲み込む。

ロカテッリのこの曲を聴いたなら、
そんな気持ちと思わず共振してしまうのではないでしょうか。

釘をうちつけるようにたたかれる冒頭の四つの短調の音。
報われない恋であることを象徴するかのよう。

しかしその頑な音からはりさけるように、ヴァイオリンの歌がはじまる。

メロディーは、いつもならカデンツァ(ドミナント→トニックの和声進行)をもって、そのフレーズを完了するものだが、このメロディーでは終結を嫌うかのように
カデンツァを避ける。
どうしても決着のつかない気持ちが
ゆらゆらと揺れ動くようだ。

装飾を持って紬ぎ出される歌の背後に浮き上がるのは、
「ド-シ♭-ラ♭-ソ」とうつむく下降の音型。
やはりそこに、
報われない運命が示されてしまっているのか・・。

我慢しきれなくなったかのように、
そのメロディーをとうとう低弦が歌いだす時には、
切なさが極まり心臓が痛む程だ。

メロディーの後ろで刻まれる八分音符は、
心臓を射止める(あるいは突き刺す?)
矢のよう。

恋を覚え始めた思春期に、
布団をかぶってオフコースに聴き入り(こういうとおおよその世代がバレてしまいますね笑)、恋心にどっぷり浸かったのを思い出します。
聴き入った音楽が何であれ、
みなさんにも同じような経験をお持ちなのではないでしょうか。

このコンチェルト・グロッソを聴くと、
なぜだかそんな激しく溌剌とした力がみなぎっていたあの頃を思い出します。

不思議なことに、ロカテッリがこの作品を書き上げたのは
250年以上も前になるというのに、
感情の噴火が今にも起こるような気分にさせられる・・。
オフコースを卒業した今でも
オフコースの代替えで
充分いけるではないか!♡

実に音楽というのは、
時間を通り越して「今」の音となりうるものなのだ、
そんな事実に嬉しくなる。

激しく揺れる感情を味わえるのが人間の醍醐味、
心若返る「ロカテッリ作コンチェルト・グロッソ」、
是非お試しあれ!



2016年1月29日金曜日

テレマン 「コオロギ」

巷ではインフルエンザが流行りだし、ちなみに今もみぞれが降っていて冬本格的だが、一方日中の光はどこか季節の変化を見せるようになって、ワクワクする。

ワクワクするのにオススメなのがテレマンの管弦楽曲「コオロギ」
Grillen Symphonie( Crickets symphony)

普段は表舞台にさほど出てこないコントラバスや、クラリネットの化身であるシャリュモーなどを用いて、コオロギの描写に近づいているところをみると、音のパレット使いが天才というのか、匠そのもの!

特にシャリュモーを他の楽器の音色と合わせてまた特別な音色を創り出しているところなどは、絵の具の色を混ぜ合わせていくような楽しい作業だろう。


ウチの畑でも暖かくなると、そこら中でびょんびょん飛び回るようになるが、登場する5月あたりはまだまだ羽の摩れる音だけでお粗末さま。
それが秋に向かうにつれだんだんとうまくなっていくのを聴くのがなんだか嬉しい笑。

上手いのやら、下手のやらが混ざって歌う。そしてゴキブリじゃないか?っと一瞬ギョッとする大きさでびょんびょん飛びまくり、時には柔らかい芽を豪快に食べてくれてしまう姿を、テレマンは見事に描いているなあ、と感心してしまう。

バッハと親交が深かった彼、とてもジョーク好きだったと伝わっているが、この作品に表れた愉快さは聴く人をワクワクな気分にしてくれる。

2015年5月14日木曜日

音楽が聞こえてくる演奏

今日は、パウルと私が今繰り返し聴きたくなる(聴いています!)演奏をご紹介します。

ヴェネズエラの音楽をこよなく愛するギター奏者との出会いがあって、
パウルはヴァイオリン&ギターデュオのグループを立ち上げ、
現在仕込み中☆☆☆

いつかどこかでご紹介できるのを私も楽しみにしているところです。

グループのベースになるのはもちろんヴェネズエラ音楽ですが、そこにとどまらず、好きな作品をどんどん紹介していこう、というのが彼らのモチベーションです。
ギタリストは作曲もするので。
そのレパートリーの開拓のためにリサーチしていたパウルが
たまたま見つけた演奏を今日はご紹介したいと思います。



何も気をてらうようなものではないんですが、
純粋にそこに音楽がありかんじで、
気がつくと、じっと聴き入っている
作品の中に連れていってくれる感じ。

何がその魔法なのか、ついつい分析してしまいます笑。

音の物語を二人が読み取って共有しているから、
それぞれの息が自然ピッタリ寄り添っていて、
素晴らしい対話になってる・・

こんな少女たちが
天然で持っているものなんだなーと思うと嬉しい。


心に響く演奏というのは、人によっても、環境によっても、聴くタイミングによっても
変わってきますから、
これが正しい、というものはありませんが、
今、これにハマっています・・・






2015年4月16日木曜日

琴線に触れる

今日は、首を長くして待っていたヴァイオリンの弦がイタリアからはるばる到着。




私たちが使用しているのは、ガット弦。
テニスで使うあのガットです。

羊の腸や牛の腸を頂戴して作ります。
羊の方が音色が繊細で良い、という論もありますが、
上の写真のものは牛。
このメーカーさんの弦のキャラクターが気に入っているので、
特に動物には今のところこだわっていません笑。

実は私も一度弦の製造を習ったことがあるんです・・・
さあ、自分で作るぞー!っと意気込んで腸を購入したところまでいったのですが・・
(今は狂牛病流行以来、生腸は譲ってもらえないということで、ソーセージ用の腸をとりあえずゲット)
機械に弱い私、弦製作の大道具たちの製作と
水びたしにできるスペース確保という、
一番最初の最初のステップでつまずいたまま、
結局冷蔵庫の中で、ハンパない量の腸の塩漬けが・・・

ソーセージの店、いずれ開店するのかって・・笑。

そんなわけで、今日のテーマは琴線♡

琴線に触れるって素敵な表現ですよね。

琴の弦って、ちょっと触れただけでも音がしますよね。
そよ風でさえつま弾けるというのか、
13本の弦がお互いに共鳴し合うので、
その響きを聴くだけでも癒されます。

ちょっとした事象にも共鳴するということを、感動しやすい心に例えた表現、
どなたが最初に表したフレーズなのか知らないのですが、
日々の生活の中で

「いやあ、今日は私、心の琴線に触れられてしまったわぁ〜」

なんてつい言ってしまうような、
感受性の豊かな過ごし方が出来たらいい感じですねぇ・・・♡

そんなわけで、今日は、私、かおりの心の琴線を触れずにはいられなかった
ヴァイオリニストを紹介します〜。

ちょっと前に、
イギリスをテーマにしたコンサートに参加させていただいたことがあります。
バロック時代のイギリス人たちが楽しみにしていたのが観劇。
そのために書かれた音楽を集めたプログラムだったんです。

その頃のイギリスでは、とりわけお金持ちが観劇を愉しんだ、というわけではなく、
結構巷で劇を見ることでき、みんなの楽しみだった様です。

なので、劇の合間合間に、その頃流行っていたチューン(唄)を演奏したらしいのです。
例えば、皆さんご存知のグリーンスリーブズとかも入ってるんです。

そんなわけで、かなりフィドルを思わせるチューンということで、
ずっとアイリッシュ音楽をリサーチしていて結構ハマったんですが

そのとき見つけたのがこのフィドラー。マーティン・ヘイズです。

ひとまずじーっくり聴いてください・・



いやあ、これこそ、「心の琴線に触れた」と表現するのがピッタリの経験。
心にそのまま入ってくる、というのか。
ただただ、聴き入ってしまうというのか。


でも、面白いんですよ、
彼、さらっと言うんです。

「僕は、音楽を悪用していた時期があるんだ。20代の頃かな。
ただお金を稼ぐ為だけに弾いていた。実際、その頃は
『音楽が感情を表現できる』ってこと、全く信じてなかったんだと思う。」

逆にこの正直さがたまらない笑。

音楽に真摯に向き合ってきた人だからこそ、
さらっと言えてしまうんだと思うけれど・・・

彼をずっと遡ったバロック時代のイギリスに話をズーンととばしますと、
イギリスで活躍していたジェミニアーニというヴァイオリニストがいるんです。
(彼もチューンを感じる作品いっぱい残してます)

コレッリの弟子で、「ヴァイオリン演奏の芸術」みたいなタイトルで教本を残していて、
バロックヴァイオリンを始める時に誰もが学ぶ本なんです。
その序文にですね、

---音楽の意図というのは、耳を心地よくさせることだけではなくて、感情を表現し、人々の創造力を引き出し、心に作用し、熱情をよみがえらせること。
ヴァイオリン演奏にある芸術というのは、
「人の声」(完成なる美)という音色を
この楽器に与えること----


といったような意味合いのことが書かれているんですが
(教本にしてはロマンチックな序文♡こーんな時代だったんですねー)

マーティンのヴァイオリンの音色は
そんな”肉声を感じる何か”があるように思います。